世にも不思議なキノコの人生
それではここで、改めてキノコの一生を見てみましょう。
キノコは食べられて育つ!!
前述したように、私たち人間は、世界中で身近に生息するキノコを美味しく食べる習慣を持っています。しかし、キノコを好物にしているのは人だけではありません。特に昆虫たちは人に負けず劣らずのキノコ好き! 多くの虫たちがキノコを食べます。さらに、リスもキノコ好きな動物の代表格で、中には秋に収穫したキノコで干しキノコをを作り、冬場の食糧難の時期を凌ぐという人間顔負けの利口なヤツもいるくらいです。となると、森に暮らすキノコたちにとっては天敵だらけ! のんびりしてはいられないのでは!?という気がしますが、実はキノコにとっては、この虫や動物たちに食べられるという事が自らの命を繋ぐ一つの大きな手立てとなるのです。
そもそもキノコは種子ではなく胞子で増える生物で、エノキのような小ぶりな子実体の中にも、数千個の胞子が作られます。ですが、本体は地中や切り株、根っこなどにまさしく根を張るように菌糸を張って定着している訳です。そうなると、胞子を作る事は出来ても、それを散布する事が出来ません。仮に子実体を思い切り振り回したところで、身の回りにしか飛ばす事が出来ず、それでは限られたエリアの食料で家族みんなが生き延びなければなりませんから大変です。
さらに、キノコも生物である以上、一生独身貴族では子孫繁栄は望めないという問題もあります。しかも、キノコ界では、同じDNAを持つ所謂同族結婚というのは許されておらず、良縁を得るためにも可愛い子には旅をさせなければならないのです。そこで考えついたのが、虫や動物たちに美味しく食べてもらい、その糞に混じる事で、彼らが排便すると同時に新天地を見つけられるという作戦。そうして胞子たちは、見知らぬ大地の切り株や倒木、あるいは、木くずや枯れ葉の山となっているところなどに定着し、新しい人生をスタートします。
その他、胞子を風に乗せて飛散させるものや雨水で流すもの。さらに、食べられるのは絶対に嫌とばかりに、動物の体に張り付いて移動するものもいて、こうした散布の方法については、植物の種子と大差がないと言えるでしょう。ただ、植物の種子はすでに交配を完了した受精卵なのに対し、キノコの胞子はどれもまだ、交配前の段階で世に送り出されるのです。そのため、キノコには性別がないという不思議な事実を持っています。
キノコに出来ちゃった結婚はない!!
キノコの卵とも言える胞子は、種類によって、大きさも形状も、色や模様も異なります。そして、性別も異なり、雄の胞子と雌の胞子があって、当然、雄の胞子は男の子の菌糸、雌の胞子は女の子の菌糸を作ります。そうして、それぞれが土の中や木の中で成長し、伸び広がり、運良く赤の他人の異性の菌糸と出会えればゴールイン! 結婚し、その場で家庭を持って、さらに成長して行きます。
ところが、実際にはキノコの胞子は受精卵ではなく、雄の胞子は精子、雌の胞子は卵子みたいなものです。そのため、独身時代の菌糸は、子孫繁栄の能力である生殖器官を与えられていません。それって当たり前じゃないかと思われるかも知れませんが、落ち着いて考えてみて下さい。人間の場合、女の子はお母さんのおなかの中にいる時から卵巣があって、卵子が詰め込まれています。また、男の子も胎児の時に生殖器官は形成される訳で、オギャーと生まれた時から、その命を継ぎに繋げるだけの肉体構造を兼ね備えている訳です。
ところがキノコの胞子にはそうした機関や機能が備わっておらず、結婚してはじめて宛がわれます。つまり、キノコの世界には出来ちゃった結婚というのは100%有り得ないのです。しかも、キノコ界には、結婚しても玉の輿に乗って、楽して暮らそうなんて考えている怠け者はいません。家庭を持っても相変わらず、それぞれが自分たちの菌糸を細胞分裂させ、どんどん大きくなって行きます。そして、音頭や湿度などの環境条件を伺いながらいよいよ子実体の形成に入るのです。
尚、キノコと言えば秋の味覚というイメージが強いですが、それは多くのキノコの子実態を作るのに相応しい環境が秋に巡って来るというだけの話で、春や夏に子実態を作るキノコも少なくありません。さらに、キノコ夫婦の細胞分裂による成長は一年中行われていて、地中や木の中ではどんどん大きくなっています。しかも、キノコ夫婦の細胞分裂は、食糧難にさえ見舞われなければ、何十年・何百年でも継続出来るらしく、先の巨大ナラタケは推定年齢2000歳とも2400歳とも言われています。もはや年齢不詳状態ですが、広い地球上には、そんなキノコが沢山いるのです。何故なら、同族結婚がない以上、こっちの菌糸も、あっちの菌糸も、遙か彼方の菌糸も同じDNAを持っているとなれば、それはどこかで繋がった一つのキノコの本体になるからです。
ただし、キノコ本体と子実態の大きさは別物。世界一巨大なキノコから世界一大きな子実態が作られる訳ではありません。子実態の大きさはキノコの品種によってほぼ決まっていて、日本で一番大きな子実態を作るキノコは『ニオウシメジ』、仁王様のような立派なキノコであるところからこう銘々されました。傘の直径は30センチ前後、柄の長さは50センチくらい。ブナシメジやエノキのように石突き部で結合した株状となって成長するため、100キロを超える巨大キノコとして実る事もしばしばです。
キノコに性別はない!!
キノコの細胞分裂の様子と恐るべし力もまた、映画「風の谷のナウシカ」を見ればよく分かります。冒頭で旅人が見た廃墟の中を埋め尽くすカビは、まさしく地中のキノコ本体の様子そのものなのです。
ちなみに、キノコの世界では、生殖能力を持たない独身の菌糸を「一次菌糸」、生殖能力を持つ既婚の菌糸を「二次菌糸」と呼び、結婚する事を「接合」と言います。つまり、異性の一次菌糸同士が接合し、二次菌糸が出来るという訳です。
ただし、キノコは性交渉し、雌の生殖器官に胞子を宿す事はありません。お父さんとお母さんの両方が自分たちの菌糸を分裂させ、それを融合させて柄を作り、子実体を作ります。そのため、私たちが美味しく食べている傘や軸の部分もか細い二次菌糸の塊で、顕微鏡で観察すれば、それは簡単に確認出来るでしょう。
ところが、両親がそれぞれ自らの菌糸を使って作ったものとなると、あっちはお父さんの雄菌糸、こっちはお母さんの雌菌糸という事で、完全なる男女混合物体になってしまいます。そう、少なくとも、冷蔵庫に入っているキノコたちの性別はあってないようなものなのです。
こうしたキノコの生き様を見ると、やっぱりキノコは動物でもない、植物でもない菌類で、不思議が一杯の生物である事が分かります。しかし、そんな奇妙な生物であるキノコたちが、私たち動植物に与える利益はとてつもなく大きいのです。特にキノコは、木の切り株や倒木を好んで生息するものが多いところから、“木の子”という意味で『キノコ』と命名されたと言います。それだけ森の木たちとは密接な関係にあって、木はキノコを守り、キノコは木を守っているのです。